第三世界の長井 全話紹介&解説 第1巻
まえがき
このエントリは『第三世界の長井』のネタバレを多く含みます。
『第三世界の長井』はながいけんによって描かれた漫画です。一般的にながいけんはギャグ漫画家として知られており、そのために『第三世界の長井』をギャグ漫画として読む向きもあります。しかしおれは『第三世界の長井』はストーリー漫画として読むことができると思っています。
ストーリー漫画として『第三世界の長井』を読むとかなり不親切な手法で描かれていて、理解するためには作中に断片的にある説明を自分で統合したり、本筋と関係のないものも多いギャグシーンの中から重要な会話を拾い上げていかなければなりません。
そのせいでこの物語を理解できない人が多くいるであろうことがもったいないなと思いました。そういった方々が『第三世界の世界』を理解する助けになればと思い、このエントリを書いてます。
はじめに設定の説明を行います。
世界設定
世界は終わりつつある。世界の終わりとは因果律が破綻することを指す。因果律が完全崩壊すると現実はデタラメな夢になる。因果律が破綻しつつある根本の原因は明らかにされていない。
I・Oの見込みでは世界の終わりは10~20年後だったが、音那が長井を使って起こした行動により破綻の時はより近づいた。兆候として物理法則を無視した現象や過去の書き換えが世界に現れつつある。
作中用語
- アンカー
I・Oと音那が持つ超常の力のこと。
人や物の設定を書き換えることができ、書き換えられた事はI・Oや音那にしか認識されない。また書き換わった設定は遡及し、過去にまで影響する。
因果律を指してアンカーと呼ぶこともある。
- E・アンカー(エクリチュール・アンカー)
アンカーの中でもはっきりと言語化・記述されたアンカーの事。作中ではI・Oと音那の元へ届けられる設定が箇条書きされた何者かからの手紙という形でのみ確認されている。
E・アンカーの手紙の内容について、橋本は「音那さんのアンカー力が他者の無意識に作用してそれを成就させてしまう現象であると考えられます。」と推測を述べている。
E・アンカーの手紙の差出人について、I・Oは「差出人自身が世界を歪めてるのか…それとも世界の歪みを報告してくれてるのか…わからない」と述べている。
ちなみにエクリチュールは書き言葉という意味。
他の派生語としてアンカーリンク、現次ブレーンアンカー、高次ブレーンアンカー、アンカー力、情報統制系のアンカー、アンカー場、アンチアンカーなどが出てきますが字面で判断するしかありません。
- テクスト
基本的に物語の言い換え。稀に世界の言い換え。
文学批評で作品を作者から切り離して語りたい時に「作品」と言わずに「テクスト」と言う文脈があります。
I・O、横田、大村、橋本、音那などのジャーゴン。
- キャスト
物語の登場人物という意味。
I・O、横田、大村、橋本、音那などのジャーゴン。
主要人物
I・O/ショウ
主人公で、元「神」を自称する少年。外出時には瞳の描かれた黒いキャップと軍パンを着用する。トップスは日毎に変わる。
音那にショウと名付けられたが、音那にそう呼ばれる事を嫌う。
アンカー能力を持つ。
世界を見捨てており世界の終わりを止める気はない。
半年前に口は出さない、アンカーは封じるという約束で神をやめ、音那と袂を分かつ。
5年前より古い記憶を持たず、神をやめた後は自分を見失っている。
音那(おとな)/音那(ねな)
神と呼ばれる女性。アイドル衣装を身にまといマイクを持っている。
アンカー能力を持つ。
滅びつつある世界を救うために長井らを使って行動を起こしている。
I・Oや横田には行動に不審を抱かれている。
名前の読み方は音那(ねな)だが、I・Oだけは音那(おとな)と呼ぶ。(理由は不明)
長井
多くのアンカーを打たれ歪んだ人物。Eアンカーによって主人公であるとされている。
大量の設定を付与されその設定通りに行動するため発言や行動に元の人格があまり反映されていない。しかしバトルものの主人公でありながら戦いに積極的な姿勢を見せなかったり、設定23で仲良しであるはずの博士を頻繁に罵倒するなど一部に元の人格を感じられる。
長井の存在理由は不明だが、長井が歪んだ原因は音那にある。
第1話 「第1話」
I・Oは長井という人物を見に行き、”E・アンカーの手紙”が本物であるかを確かめようとする。音那も同行し、長井とその周辺人物である博士と出会う。
博士は「明日から宇宙人が世界侵略をして30億人死ぬから、選ばれた勇者である長井が宇宙人と戦ってくれ」と主張をする。
彼らを異常な人物であると判断したI・Oは、原因を作った音那を問い詰めるが最小限の説明だけを行い音那は去る。
I・Oは困惑する。
- 本編開始は6pからです。3-5pで描かれていることは時系列が不明だし、物語を理解する上で特に重要ではありません。映画なんかで使われるフラッシュフォワードという手法があります。最初に山場のシーンをちら見せして、それから時間を巻き戻して物語を始めると手法です。それを漫画でやってみたという感じだと思います。『BORUTO』とかでもやってますね。
- I・Oは長井達の茶番を見ながら繰り返し音那に説明を求めます。状況を見て自分で考えるよりも、音那から説明を貰うことを優先しているわけです。
「…お前は表層だけを見てそこから推察するつもりはないのか? そんなものが世界規模であるなんて思えないはずだ。でもそういう事になったんだ。そういう設定が創られたから。」
- 音那の台詞は要は自分で考えて行動してくれという事です。I・Oが自分で物事を考え始めるのは第3巻の12話あたりからです。
第2話 虚構とリアルのフォリ・ア・ドゥ
I・Oは長井に会いに行く。
飛ビ跳ネサセ星人が現れ長井とバトルをするが、長井が逃走しバトルは終了する。
同日夜I・Oは横田、大村、橋本の3人に会い、”Eアンカーの手紙”が本物であることを報告する。
大村から今後どうするかを問われるが、I・Oはどうでもいいと答える。
- 前日に目撃したUFOとの関連からI・Oは”宇宙人の侵略”に関心がありましたが、それが実際に発生するとは思っていませんでした。
- 博士の説明では宇宙人であるとされている飛ビ跳ネサセ星人は、人間の扮装と思しきものでした。また使用した能力は長井が地面を飛び跳ねるだけであり、市民の被害があったり、物理法則を大きく無視したものではありませんでした。
第3話 アンカー
引き続き長井の調査をするI・O。
長井の発言がEアンカーの設定通りである事や、博士に落雷する事で”Eアンカーの手紙”が本物である事の確信を深める。
博士は「飛ビ跳ネサセ星人以外にもいる宇宙人が地球侵略の隙をうかがっていて倒せるのは長井だけ」と主張する。
I・Oはどうでもいいと関心を見せない。
- 第3話はメタ的に言うとEアンカーの設定通りに長井のテクストが進行している事を読者に提示したかったのだと思われます。
第4話 現実対虚構 空中大決戦(嘘)
I・Oは横田たちに長井の事を報告する。大村は再度I・Oがどうするつもりなのか問いかける。
I・Oはどうしようもない、俺には元々責任がない、音那がなんとかすると主張する。
翌日、I・Oは長井に会いに行く。
長井は博士によってスーパーヒーローに変身できるサイボーグに改造されていた。
スーパーヒーローに変身した長井は、現れた爆発星人を倒した。
爆破星人は物体を爆発させる能力を持っており、人的被害が生じた。
I・Oは長井のテクストへの関心を強める。
- 1話から4話までI・Oの最大の関心は”Eアンカーの手紙”が本物か否かにあります。長井や博士に対してはどうでもいいというスタンスを取っていて、長井と会話して情報収集を試みることはあっても長井の行動に口出しすることはありませんでした。
- 爆破星人との長井のバトルで死傷者が出たため、5話以降I・Oは長井の行動に介入し始めます。
第5話 ヒーローの創り方(前編)
偶然長井を見かけたI・Oは長井と接触するが、長井はまともな思考能力を持っておらずI・Oは危機感をつのらせる。
博士がクッ付カセル星人が現れると予告する。そこがこれまでと違い人通りの多い駅前であったため、I・Oは助言し長井の正体を秘匿しようとする。
現れたクッ付カセル星人は恐ろしい風貌であったため長井は恐怖し戦いを拒否していたが、長井の死んだ父親であるジャックダニエルに励まされ、Eアンカーの設定通りに戦う気力を取り戻した。I・Oは長井の様子に困惑しつつもクッ付カセル星人と戦わせようとする。
一方クッ付カセル星人は警察官に職務質問を受け公務執行妨害で逮捕されかかっていた。暴れるクッ付カセル星人が能力を発動しようとするのを見て、I・Oは意図せずアンカー能力を使いそれを阻止する。
クッ付カセル星人は逃走し、音那がその場に現れた。
- 先に説明した通り、今回の話ではI・Oの長井に対する態度が随分と違う事がわかると思います。
- 適当にあしらっていたこれまでと違い、長井と真剣に言葉を交わそうとすることで改めて長井の言葉の通じなさ、異質さが浮き彫りになっています。
第1巻はここまで。